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月夜にこんがらがって

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いのちのある場所

夏休みの宿題を自分が子供の頃はきちんとやっていたのかな、と思い返すと出来はともかく一応揃えていたのではないかな、と思います。

出来はともかく、です。


飽き性であるしだいたい小学校6年間の通信簿には「落ち着きがありません」と書かれ続けましたから大概は漢字プリントの隅っこに落書きしてみたり歌を口ずさんでみたり、計算ドリルも2、3問進めた辺りからいつの間にか妄想にふけっていたりといった具合ですが、夏休みの一番最初に「一日の予定表」として睡眠だとか宿題やプールの時間、自由時間だとかを円グラフで24時間の時間配分をこれも宿題の一環として書かされましたので、それを元に「一応」規則正しく毎日を送る訳なのでなんとか宿題も大幅な遅れは回避出来たのかなと思います。

現在親の立場で子供の様子を見ていて、自分の子供の頃の事はすっかり棚に上げてたまにバシッと叱りつけたりするのですが まぁ概ね僕よりしっかりやっていると思います。

スミマセン。


最近の子はみな学校の宿題の他にも塾やお稽古事も多いでしょうから僕らの頃とは違ってなかなか大変でかわいそうになとも思います。

そんな事で先日も子供から宿題の事で質問を受けました。

トイレから戻ってきた僕にすかさず

「いのちのある場所ってどこ?」


ちょっと覗いてみると通う塾の国語の宿題でした。

日野原先生と仰る100歳を越えてなお現役で医師を続けておられる方の子供たちに向けての講義のお話がそこに記されており、聴診器を胸に宛て実際に心臓の鼓動を聞かせて子供たちに命の尊さを考えさせる、といった内容でした。


先の話を読みいのちはどこの場所にあるのか自由に答えなさい。

そもそもそれが問いなのでダイレクトにその答えを親に聞いて来るとはなんたる事かと一瞬思うのですがはて、普段から何となく頭ではイメージを持っていても明確に小さな子供に説いてやったり或いはヒントになるような文句を聞かせてやろうと考えますがなかなか難しい。自由に、という所がまた心にくい。

こちらも頭の中を素に戻してもう一度話しを読み直す。

その問題の語りの中では「いのち」というキーワードはいっさい出てきません。

単純なようでなかなかに哲学的な問いかけです。

父親としてそれなりの答えを提示せねば・・というちょっとした私欲も芽生えたり・・・。


その後、出先の車の中でふと横を見ると難しい顔をしてじっと一点を見つめているので、運転をしながら先程の答えを何と書いたのか聞いてみると、そのまま運転席からずり落ちて電柱にでもぶつかってしまうのではないかと思うようながっくりする事を言うので僕に出来る様々な話を引き合いに出してもう一度考えてみるように言いました。


このお話、調べてみると絵本になって出ているのだそうです。

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http://www.ehonnavi.net/ehon/12616/いのちのおはなし/

いのちの場所っていったい何処にあるのか、僕の中ではいったん言葉に表せる答えを出したのですがそれはまだ子供に話していません。もう少し本人にも考えさせながら僕自身もじっくり考えを巡らせてみようと思います。


ところで、あの時車の中で助手席に座り一点を見つめ何を考えていたのかというと全くもって異なる、テレビの事を考えていたのだそうです。

あらら、ずいぶん思慮深い顔つきであったので感心して尋ねてみたのですが・・・、まぁ子供たちもそれなりに考え事がいろいろあるでしょうからね、僕もその辺はとてもよく理解しております。



と、いうわけで本日の一枚。

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大人になっても花火を眺めている時は、明日も花火あればいいのになぁ〜と思います。
夏休みの宿題は皆さん終りましたか?



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by meke1008 | 2014-08-30 01:13

敗戦の日に

本日は8月15日、先の大戦における69年目の敗戦の日です。

自らの身を祖国のために捧げて戦地に赴かれた方々、従事された全ての皆さまに深く感謝し、戦争によって亡くなられた全ての方々へ安らかなご冥福をお祈りいたします。


二度と戦争があってはならない。

その為に本当に何をすべきなのか。


それぞれの国のナショナリズムが重なり合って地殻変動のように動いている世界の情勢の中で、国内では様々な問題、論議を抱えています。

僕たちがどう考えるのか。


不当に占拠されたままの領土のこと、連れ去られたまま帰るべきところに帰れない方々のこと、エネルギー政策や資源の問題のこと、安全保障と米軍基地のこと、教育のこと、憲法のこと。

他の諸問題も含めて全て戦後の歩みの中で生じてきた、あるいはそのままにされてきた事事です。


先の大戦から七十余年、後世に暮らしている僕たち一人一人が意識を持って向き合い未来の子供たちへ繋げていく義務。

今日、8月15日の敗戦の日に想いを寄せつつ、稚拙ながら感じている事を少し記してみました。


皆さんはどのようにお考えになるでしょうか。


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by meke1008 | 2014-08-15 16:05

風鈴どこ行った


お暑うございますね。

夏に生まれましたので夏は大好き・・・、あ、それは前回書きましたね。でもやっぱり暑いものは暑いのです。


夏にあって欲しいものっていろいろありますね。

昼間の暑いうちで大して蚊なんか飛んでいなくてもちょっと気分出す為に蚊取り線香炊いてみたり、夏の三ツ矢サイダーもすこぶる美味しいわけですが冷蔵庫にはやっぱりガラスの容器に入った麦茶がいかにも上品な佇まいで冷えていて欲しいです。

完璧な配分によって工場出荷されたペットボトルとかでなくて、「薄い!」とか「うわ!甘過ぎ!」とか言いながら毎回「黄金比率」を求めて水玉模様の包装紙に包まれた原液瓶と冷えたお水で作るカルピスなどというのも夏らしくてとても良いです。

夏休みの毎日の宿題がなかなか進まない中、テレビからは乾いた金属音とスタンドからの大合唱、もう目が離せない展開。正午が近づき「この後総合テレビはニュースをお伝えします。高校野球中継は教育テレビでご覧下さい。」の、このタイミングをぴったりにチャンネル切り変え出来たら今日いい事ある、とか勝手に決めて喜んでいた子供時代をそのまま大人になっても無駄に拘り通していたりとか、まぁそれなりにいろいろとあるわけです。


で、最近ではご近所さんの何処からかチリーン、チリーン、と風に揺られた風鈴の涼しげな音が聞こえてきます。

この音、本当に風情があっていい音です。

音でも涼を感じ取ろうというこの日本人の豊かな感覚、色とりどりの四季を持つ日本人だからこその素晴らしい感性だと感じますね。


風鈴。

この言葉の響きだけでも涼しげ。ウチにも10年くらい前に買ってきたものがあった筈。ちょっと硬派で男気漂う南部鉄。

そういえばしばらく吊るしていないなぁ。

音色ひとつあるだけで気持ちもゆったりしますからね、ウチも吊るす事にしましょう。

と思い立つも心当たりに見当たらず。

あれ?長い間この辺り(仕事部屋の片隅)に無造作にひっかけていた映像が脳内では鮮明に蘇っているのだが・・・、あぁ、ガラクタばかりが入っている一番上の薄い引き出しにしまったのだ。

ガラガラ。  ・・・・・。  ナイ。

おかしい。

そしてこういうの僕大嫌いです。

ある筈のものがナイ。きちんとしまっておけばどうという事もない事にかけるこの無駄な労力。

歯痒さだけが蓄積されていくこの無駄な時間。結局見つからないこのやるせなさ。


チリーン、チリーン。


いろいろ記憶を辿り、「ははーん、そういえば確かあの時に・・」と何となくの見当がついてきましたがそこを探りだすとまたまたせねばならぬ事が新たに増える事は容易に想像出来ますので、また気持ちの余裕ある時に探す事にして今日のところは他所様の音色を少々お裾分けして頂く事にしましょう。


チリーン、チリリーン。


あれ?確か去年の夏もそんな事思って1年経つのかな・・・?



と、いうわけで本日の一枚。

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夏にあって欲しいもの、そうそう。

昼寝の前のスイカもね。



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by meke1008 | 2014-08-11 11:36

こども展

お暑うございます。

夏生まれという事もあってか夏が大好きなので暑いのは大変嬉しいのですが、暑いものは暑いです。

でもここのところは夜になればここ最近の夏にあって若干涼しいような気もしていて、ほのかに吹き込む風も心地よく、こどもの頃の夏はこんな感じだったんじゃないかなぁ・・と、遠い夏休みの日々を思い返したりもしています。


さて、その夏もまだ梅雨から抜けでぬ数週間前、雷ゴロゴロの重い雲の下、六本木で開催されていた「こども展」を観に行って参りました。



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http://www.ntv.co.jp/kodomo/


海外の美術館貯蔵の絵画作品、また作者のご遺族所有のプライベートなものまで数多くの画家によって描かれたこどもたちの表情を集めた大規模な展覧会です。

展覧会では僕の知らない著名な画家の作品からこどもも知っているような名前の画家のものまで多くの作品に触れる事が出来ました。

実に巧みに陰影と質感描写を用いた写実的な作品から印象派、抽象的表現のものまでとても興味深い作品が数多くの作品が展示されていました。

そこに描かれている子供たちに注がれている作者の目線は時に感動的であり、笑顔ばかりではない何とも言えない表情の子供たちを観て穏やかな気持ちにもなりました。

いつの時代も、親がこどもに接する眼差し、身近にいる子供たちを見る視点はきっと共通のものがあるでしょう。

作者の中には様々背景を背負っている人や普段より画家として野心をたぎらせている人もいたと思いますが、作者たちは大きなキャンバスの上で実に清らかな気持ちで筆を動かせたのではないかと僕には思えました(本当はそんなに単純ではないでしょうね)。


「写真」展だとついつい作風の好き好きで観てしまったり、自分がカメラを持ってそこに立っているつもりで考えてしまったり余計な事がいろいろと頭を過るのですが、こども達の表情はもとより写真的な見方も含めてとても素直な気持ちで一枚の作品に想像を巡らせる事が出来る展覧会でした。


こういった経験も知らないうち良い具合に撮影や自分の写真に反映されればなぁ、と思います。

残念ながらそうそう都合良く行かないのですが、特に今回のような絵画展を観ることは時に写真を観ることよりも様々なフィルターが外れてすっと心に入ってくるような感触があります。


東京での開催はすでに終了していますが、現在は大阪に巡回中のようなのでお近くの方ぜひ足を運んでみてはいかがでしょうか。

未来の子供たち、今を生きる子供たちとかつての僕ら、遠い昔の子供たち、みな同じ世界にいます。



と、いう訳で本日の一枚。

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最後の運動会を終えて。人知れず何かを掴むことが出来た少女。


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by meke1008 | 2014-08-04 14:47